エンジェルさん、こんにちは。 婚活ブログ小説 連載33回目 作 エンジェルおじさん

《前回までのあらすじ・・・博との交際が順調にスタートした圭子。実家の母が入院したと聞いてあわてて帰ってきたのだが・・・》

第6章  赤い糸の伝説④

母が入院している嶋田病院は圭子の実家から国道を挟んですぐの場所にある。個人病院だが地元では評判で、特にここ数年は病棟も増えて増築されているらしい。実家に着いたときには、父は身支度も済んで圭子の到着を待ちわびている様子だった。面会が出来る時間にはまだ早いので、しばらくは家で洗濯したり掃除をしたりと時間をつぶすことにした。久しぶりに実家に帰ったら、愛犬2匹が嬉しそうにハアハア言いながら圭子の足にまとわりついている。このヨークシャーテリヤも雄と雌の老犬だ。

洗濯機に洗濯物を放り込みながら、父と会話する。

「本当にお母さん、大丈夫なの?」

「うん、まあ。大したことはない。ただ、熱が高かったんで、大事を取って入院させたんだ。前の病気のこともあるからな」

前の病気というのは、数年前に患った腎盂炎のことだ。父もしばらく見ないうちに老け込んだような気がする。なんだか体が一回り小さくなったようだ。お茶をすすりながらつぶやくように父は返事をした。

「腎盂炎のときは大変だったもんねえ。もう、お母さんにあまり無理させないでよね」

「うむ」

圭子もそう言ったものの、この父と母ほど典型的なおしどり夫婦はいないと思うのだった。圭子が物心ついた時から父と母がケンカしたのを見たことがない。父も温和な性格で、母ものんびりといつでもニコニコしている。そんな二人に一人娘の圭子は蝶よ花よと育てられた。圭子が東京の大学を出てそのまま東京に住んで就職したいと言い出したときも、『おまえの人生なんだから好きにしなさい』と特に反対もしなかった。ここ数年は父の家庭菜園をたまに手伝ったり熱海や湯河原の温泉に二人で出かけることが唯一の楽しみだったはずだ。

「あのなあ、病院に行ってから分かるかもしれんが・・・。母さん、時々変なことを言ったり、さっき言ったことを忘れたりと、少しボケはじめたかもしれん」

「え!?うそ!」

「いや、どうもそれっぽい。痴呆が始まったかもしれん」

「まさか、お母さんに限って・・・」

「この前も母さん、料理をしながらTVを見てるうちに忘れてしまって、煮物を駄目にしてしまった」

「なんだ、そんなことなんか・・・私だってあるわよ。あはは」

「しかしお前、肉じゃがが焦げてるんだぞ。焦げ臭い匂いがするから、ガスの火が付きっぱなしになってんじゃないか?って何度も言ったんだが、母さん頑として動こうとしないんだ。結局わしが火を止めたんだがな」

「!・・・・・・・・・」

「後で気づいたのか、しょんぼりしてたよ」

「まあ、二人ともそれぐらいの歳になれば物忘れもひどくなるわよ。そんなに深刻にならないでよ」

東京の隣に実家があるというのに正月しか帰らない。日々の変化を知らない圭子は、実際にそんなに深刻なことだとは思いもしなかった。洗濯物を干して、部屋に掃除機をかけて一段落したところで、父と連れ立って母のいる病院に向かうことにした。目と鼻の先にある病院だから歩いて5分もかからない。

新館の方にある病棟にいるとのことで、直接、新館のナースセンターへ向かう。ナースセンターで面会の記帳をしてから母のいる病室へと入った。ナースセンターの真ん前の部屋で、6人部屋だがベッドは2つ空いているようだ。窓際の近くのベッドに母は寝ているらしい。カーテンが半分開いていて母の顔がすぐに見えた。

「お母さん!大丈夫?」

「圭子!来てくれたの?」

「うん。今朝一番に着いたのよ」

「仕事、休んだのかい?忙しいんじゃないのかい?そんなに大したことないのにねえ」

「大丈夫よ。それより具合はどう?」

「今日は割といいよ。昨日は熱がまた出てきつかったんだよ」

確かに母の顔は病気のせいもあるだろうが、しばらく見ないうちに頬がこけてすっかり痩せてしまった。母の顔を見てるだけで、涙が溢れそうになる。

「お母さん、ごめんね。たまにしか帰って来れなくて・・・」

「いいんだよ。元気でいてくれれば・・・」

母も涙ぐんでいる。

「母さん、後で嶋田先生のところで検査の結果を聞いて来るから。もう何ともなければ退院のはずだから」

後ろから父がしんみりとした空気を変えようと、声をかけた。

「もう、何ともないって言ってるのにねえ。検査ばっかりするんだもの。相変わらずこの病院は金儲け主義だわねえ」

「ふふっ。そんな文句言う元気があるなら大丈夫だわ」

「・・・・・・・・・・」

 

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思ったより元気そうだったので圭子は安心した。この調子なら今日か明日にでも退院できるのではないかと思う。しばらくは休暇を取って母のそばにいてやろう。そうだ、少し元気になったら温泉でも連れていこうか。車の運転はしばらくしてないが、近くなら何とかなる。湯河原に家族でよく行った旅館がある。小さいが風情があって、料理が美味しかった記憶がある。そんなことを考えていると、母がまた口を開いた。

「お父さん、そろそろ幹夫さんが帰って来るんじゃないかい?晩御飯作ってやらないと、お腹すかせて待ってるわ」

「?!」

「・・・・・・・・・・」

「母さん!幹夫さんて誰?あの幹夫叔父さんのこと?」

幹夫というのは父の末の弟で、まだ圭子が幼い頃に同居していた親戚だ。苦学しながら弁護士を目指して、何度目かの司法試験で見事合格するも、圭子が小学校に入学する頃に病に倒れて亡くなった。

後ろから父がそっと何も言うな、というようなジェスチャーをする。

「母さん、幹夫はしばらくは帰って来んて言ってたから心配せんでいい」

「そうかい。いつもご飯3杯は召し上がるからねえ。今日は圭子もいるしたくさん料理作らなきゃいけなと思ってたんだけどねえ」

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

母はそう言うなりまた目をつぶった。自分の言ったことの間違いに気付いたのか、疲れたのかは表情を見るだけではわからなかった。

つづく

 

 

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