第7章 プロポーズ④
「編集長、ちょっとよろしいでしょうか?」
「おう!いいぞ、何だ?」
「この前のお話しですが・・・」
「おう、おう、例の件だな。ちょっと待て、また屋上に行こう。タバコ取って来る」
圭子は、博からプロポーズを受けた2日後には編集長へ博との結婚について報告をしたのだった。先週の金曜日に博のマンションに泊まってから、今朝の月曜日までずっと博と一緒にいる。明日は、いよいよ博が神戸に発つ日だ。博とはこれからのことについてじっくりと話し合った。まず、博のマンションはしばらくはそのままにしておくこと。圭子が住んでいるマンションは解約して博の部屋へ引っ越すこと。神戸と東京の通い婚のような状態だが、お互いに行ったり来たりすること。年内にはお互いの家に挨拶に行って、承諾をもらったら入籍すること。海外赴任の予定はまだわからないが、先に博が赴任をして落ち着いたら圭子も追いかけること。そして圭子の仕事は・・・。
「せっかくいいお話しを頂いたんですが、今回は辞退したいと思いまして・・・」
「え?!どうして?お前、これはチャンスだぞ?断るなんてもったいないぞ?」
「実は、私、博さんと結婚することになりまして・・・」
「え?!ホントか?いつの間に?」
「つい、先日プロポーズ受けたばかりです。それで、博さんは明日から神戸に転勤になって、その後、来年にはサウジアラビアに海外赴任する予定なんです」
「なぬ?サウジアラビア!?えらくまた急な話だな?それで、お前さんは一緒についていくわけか?」
「はい」
「そうかあ・・・。寿退社ってわけか・・・」
「・・・・・」
「いやー、びっくりしたなあ。博君からは何も聞いてなかったなあ」
「おそらく、博さんも急な話だったようで、編集長にお話しする時間はなかったんだと思います」
「そうか。いやあ、びっくりしたなあ。まあ、とにかくおめでとう!」
「いい、お話しだったのに申し訳ありません」
「まあ、しょうがないさ。結婚するんだ。しかし、こんなことならお前さんをあいつに会わせるんじゃなかったなあ・・・。さしずめ俺はお前たちの愛のキューピッドってわけか?いやエンジェルか?そんなのはどっちでもいいか・・・」
「いろいろとお世話になりました。それで、編集長、つきましては次の締切が済んだら退職したいと思います」
「そうか。そうだな。いやー、しかし残念だな。お前がいなくなるのはとても痛いなあ。勝木先生もお前がいなくなると、寂しがるだろうなあ。なんとか博君だけ単身赴任させて、お前は日本に残って仕事を続けることは無理か?」
勝木というのは中堅の作家で、長年に渡り週刊誌のコラムを書いてもらっている。圭子が勝木の担当になってからも数年経つ。(勝木先生に報告したら、何て言うだろう。びっくりした、ギョロ目が眼に浮かぶ)
「博さんも、やっぱり退職するのはもったいないからって、しばらく先に延ばそうかって言ってくれたんですけど、自分でもう退職するって決めましたから」
「うん」
「もうすぐ私も39歳になりますし・・・・。博さんとも話したんですけど、早く子供が欲しいなって・・・」
「かあー!そうか!分かった、分かった。子供でもなんでも、何人でもたくさん作って少子化に貢献してくれ!とにかくおめでとう!」
「そんなに何人も作れませんよ。年が年ですから・・・」
「わはは、そうか、そうか。ところでお前さんとは俺も親戚になるのか?」
結局、屋上で編集長は立て続けにタバコをまた3本も吸った。しきりに『残念だ』とこぼしていたが、気を取り直して『ちょっと出かける』と圭子を残して去って行った。おそらく社主に会って次の雑誌の編集長を誰にするか相談するのだろう。圭子が次の雑誌の編集長を引き受けるとばかり思っていたのだろう、茂木は少し慌てているように見えた。
今年最後の台風が過ぎ去った後は、一気に風が冷たくなって寒くなったような気がする。出版社の屋上から見る空は、秋の空だった。雲ひとつなく空がとても高かった。これからしばらくは忙しくなる。いったんは圭子のマンションを引き払って、博のマンションに引っ越しをしなければならない。博のマンションの方が広いし、圭子の部屋には大して大きな家具があるわけでもないし、ほとんどが処分出来るものばかりだから引っ越しも楽なはずだ。明日、博を見送った後は、さっそく引っ越しの手続きをしなければならない。
(あ、博さん、あのバイクどうするんだろう?)
圭子は博が持っている大型のバイクを思い出した。二人が知り合うきっかけとなったバイクである。“趣味男”というタイトルで、大人になってから自分の好きなことに熱中する男達を、連載で企画した記事である。読者には好評だったが、博の取材記事はボツになってしまった。あれから、まだ半年も経っていないのか。何だか付き合い始めてから、もう何年も経ったような気がするのは何故だろう。そういえば、博も似たようなことを言っていた。
『あなたには、ずっと前に逢ったことがあるような気がするんです。僕とお会いするのは初めてですよね?』
圭子が博のマンションの前の歩道で転んだとき、とっさに博の胸に抱きかかえられた。そのときに嗅いだ懐かしい匂い・・・。故郷にあるアイスクリーム工場の甘い匂い・・・。あれから、一気に恋に落ちてしまった。
友人の紗子に付き合って、婚活、コンカツと口癖のように合コンやお見合いパーティーに参加した。しまいには婚活バーまで・・・。圭子は婚活バーで知り合った男に言われた言葉を思い出した。
『あなたは、もっと真面目にに婚活したほうがいいと思います』
確かに婚活を重ねることで、自分の中でしっかりとしたものが見えてきたような気がする。婚活することで、自分も結婚したいという気持ちが強くなった。自分の気持ちに素直になれた。だから、好きだって思った瞬間を逃さなかった。チャンスをきちんとチャンスとして捉えることが出来たのだ。編集長じゃないけれど、あの博の胸に飛び込んだときに『エンジェルさん』が舞い降りたのかもしれない。
(エンジェルさん、こんにちは。か・・・。エンジェルさん、ありがとう!)
(あ、そうだ!紗子にも報告しなきゃ!)
圭子は大きく深呼吸をして伸びをすると、屋上のエレベータ―に向かって歩いていった。
秋風が吹く10月半ばのことである。
終わり
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