第5章 プロローグ⑥
ビールをコップ半分、シャンパンをグラス1杯飲んだだけで博は顔が火照っているのが自分でもよく分かった。昔からアルコールは駄目だった。心臓がバクバクしてきてすぐに眠くなってしまう。しかし、今日はさすがに少しでもいいから酒の力を借りないと“アレ”は出来ない。従弟の茂木編集長に言われた“アレ”だ。アレとは『シャンパンでも飲んでさっさとガバッとやっちゃえよ!』ということだ。博はご丁寧に茂木に言われた通りシャンパンまで買ってきた。朝早くからスパイスを調合した。タンドリーチキンまでオーブンで焼いて。カレーも完璧に出来た。圭子は本当に美味しいと言ってくれた。シャンパンも2本目を開けている。ここまで順調だ。じゃあ後は、いよいよ“アレ”しかない。
「本当に美味しい!こんなに美味しいカレー初めて食べました」
「そうですか!お口に合って良かった」
「冨澤さんて、すごいんですね!昔からこんなに料理を作られてたんですか?」
「そうですねえ。僕は何でも凝る方なんで、やり出したら歯止めがきかないんです。料理を始めたのは4~5年前からなんですけど、作るよりもどっちかっていうと調理器具を集める方が多いかな。ははは。でも、お客さんが来たときぐらいは、せっかくだからたくさん作るんです。カレーとかシチューなんかは大きい鍋で作らないと美味しくないから・・・」
「確かに、そうですよねえ。私も最近は作らないです。カレーなんかいくつもパックが冷凍庫に入ってます」
「冷凍しちゃうとやっぱり味が落ちちゃいますもんね」
(コラ、カレーの話はもういいだろ。さっさとガバッといく準備をせんか!by茂木)
「ちょっと酔い覚ましにコーヒーでも入れますね?」
(あちゃー!by茂木と自分)
博は自分でもガバッとなんていく勇気はないのは分かっている。茂木に言われた通りシャンパンは買ってきたが、あくまでも念のためだ。でも、圭子がこんなにお酒が好きだとは思わなかった。もっとたくさん買っておけばよかったかなと思う。それにしてもビール2本飲んで、シャンパンも殆ど2本目が空になりそうなのにケロッとしている。顔も全然赤くならない。羨ましいなあと思う。博の家の者はみんな酒が強い。親戚も酒豪揃いだ。もちろん従弟の茂木も底なしの大酒飲みだ。正月に親戚が集まりみんなで酒を飲んで大声で騒いでいるのを見るとどうしても気おくれしてしまう。子供の頃からこうだ。友達がせっかく遊びに誘いに来ても、家でじっと本を読んでいるか模型を作っているような子供だった。またよく納屋に籠っては、自転車や古いラジオやテレビを分解してはまた組み立てるというような事を繰り返していた。親戚中でも学校でも世間でいうところのいわゆる“変わり者”だ。変わり者だけど頭はいい。子供の頃からよくデキる。地元の高校からストレートで東大へ合格し、今の会社も好きな機械のことだけ考えていればいいという理由で迷うことなく選んだ。あれから約20年・・・・。
「お待たせしました。お酒はあんまり飲めないんだけど、コーヒーは大好きなんです。1日で5杯ぐらいは飲んじゃいます」
「私もコーヒー好きですよ。う~ん、いい香り!」
もちろん大好きなコーヒーを淹れるための道具は欠かせないのだ。コーヒーメーカー、サイフォン、ドリップ、エスプレッソマシンまで全てある。いろいろ試したが、コーヒー本来の旨みを引き出せるのはやはりドリップだと思う。時間やお湯のの温度、蒸らし方ひとつで味がずいぶん変わる。ごまかしがきかないのだ。もちろんミルクや砂糖なんか入れない。ブラックのみ。夏でもホットを飲む。
(だからもうウンチクはやめろって!by茂木他、冨澤家親戚一同)
「冨澤さん、変なこと聞いちゃっていいですか?」
「?!え?何でしょう?」
「この前、取材のときに彼女はいないって言ってたけど、本当はいるんでしょ?」
「え!まさか。彼女なんかいませんよ。どうしてそんなこと言うんです?」
「だって、さっき人が来たときだけたくさん料理作るっておっしゃってたじゃないですか?」
「?・・・・・・・・・・・・」
「お皿だってたくさんあるし、いかにも女性の趣味で選んだようなテーブルクロスだし・・・」
「ははは。そんな人がいたら僕は自分の部屋に他の女性を入れたりしませんよ」
「ほんとですか?」
「ほんとですよ。お皿もテーブルクロスも全部まとめてIKEAで買ってきたんです。IKEAは僕にとっては遊園地みたいなもんです。あそこにいたら一日なんかすぐにつぶれちゃいます。あはは!」
「あはは!可笑しい!冨澤さんてやっぱり変わってる!」
博は圭子がだんだんと饒舌になってきているのを感じた。心なしか圭子の頬もほんのりとピンク色になっているような気がする。色が白くて、切れ長の眉毛がキリッとしていて宝塚の男役みたいな顔をしている。今までの博ならこういうタイプの顔は選ばなかっただろう。どちらかというとたれ目で幼い顔立ちの、天然っぽいようないわゆる可愛い系の女性が好きだった。でも、初めて圭子と会った時、てきぱきと動く圭子を見た時、博にズバズバと質問する歯切れのよい圭子と話した時、そして時折見せる“女”としての表情・・・全てが博の心を掴んでしまった。極めつけは歩道で転んで博の胸に飛び込んできた時のあの赤くなった顔。あの時からずっと圭子のことを忘れられないのだ。従弟の茂木は『今は付き合っているやつはいない』と言っていた。『部屋に来るぐらいだろうから圭子だってその気はあるさ』とも言っていた。そして『ガバッとやっちゃえよ!』と・・・・。
(ガバッとか・・・。ガバッとねえ・・・・。ガバッとなんかやったのはいつが最後だろう・・・。)
「あの~じゃあ、もう一つだけ変な事聞いていいですか?」
「え!何?!!」(あ~びっくり!)
「冨澤さんて婚活とかされてます?」
「え?!婚活?!」(もっとびっくり!)
「たとえば、お見合いパーティーとか、合コンとか、婚活バーとか・・・・・あと“結婚相談所”とか?・・・・」
「え?結婚相談所?!」
「そう、私の友人が結婚相談所に登録してて、私もよくお見合いパーティーとか合コンに誘われるんです。その彼女に届いた紹介状が冨澤さんによく似た人みたいだったから・・・」
「え~!ホントですか~!!!」(笑えないぐらいびっくり!)
「まさかですよねえ!そんな偶然があるわけないですよねえ・・・」
「・・・・・・・・・」
博はふーっと、レントゲン写真を撮るときにするような長い深呼吸をしてこう言った。
「それは本当の話です。一度だけお見合いもしました。もちろんダメでした。最近は紹介状も見ていません。まだ入会して1か月ぐらいですけどね。ふふっ」
「・・・・・・・・・」
「でも、もう相談所はやめます。続けても意味がない・・・。あなたに会えたから・・・」
「!!!!!」
つづく
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